ご祭神について

御井社(みいのやしろ)と木俣神(このまたのかみ)

社伝によると、

大国主命(オオクニヌシノミコト)にお会いになろうと、八上姫(ヤカミヒメ)が
直江の里までお越しになると、急に産気づかれ、御子神をご安産なさった。
その産湯に
・生井(いくい)… 安産の水神
・福井(さくい)… 産児幸福の水神
・綱長井(つながい)… 産児寿命の水神
の三つの井戸をお使いになった。このゆえに御井社の名がある

とあります。
また、古事記によると、

「八上姫は大国主命のお妃、須世理姫(スセリヒメ)を恐れて御子を木の俣にかけて因幡へお帰りになった。その御子の名を木俣の神、またの名は御井の神という」

とあります。

御井神社の主祭神は木俣神(このまたのかみ)です。

御祭神 木俣大神と八上姫大神

御祭神 木俣大神と八上姫大神
木俣神(コノマタノカミ)
作者
この記念碑は松江市名誉市民日本芸術
会員内藤伸先生の作品より制作された
ものです。
 

御井神社の由緒

御井神社は、古事記および風土記等日本最古の史書十三の文献に記された由緒ある神社です。そもそも当社が安産の神また水神の祖であるという謂れは、記紀に記された次の故事によります。

大国主大神は因幡の白兎の神話の時、むこうで八上姫という心姿の美しい女神を愛され、姫はやがてみごもられた。臨月となられた八上姫は背の君に会いに出雲大社へ行かれたが、正妻須世理姫の立場を慮り、会わずに引き返された。

そして神奈火山の麓直江の里まで帰られた時産気づきやがて玉のような御子を挙げられた。そこで三つの井戸(生井、福井、綱長井)を順次掘り御子を産湯させてから木の俣に預け、母神のみ因幡へ帰られた。

これより御子を木俣神または御井神と申し上げ、安産と水の守護神として全国からの信仰を集めています。